【環境経済学ゼミ】当たり前の生活は「当たり前」か?
教員の山根です。最近の授業で話したところ、学生からたくさん質問の出たテーマについて。
今、日本は変革の時期に来ているとよく言われます。経済や自然の脅威にさらされて、今までのやり方では限界があることに皆が気づいたためでしょう。
しかし、今のような苦境に立たされずとも、冷静に考えれば私たちはおかしな生活をしていることが見えてきます。
原発がストップして電力供給が不足しているので節電しなければならない、と言いますが、環境経済学のある計算方法によりますと、全世界の人々が日本人と同様の生活をするならば、地球が何個分か必要だそうです。
その一方で、ソマリアのように国民の3分の1が飢えで苦しんでいる国もあります。
「経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスという人(世界史の教科書に載っている人です)は、経済学の目的は、生きていくために必要な最低限度のものを人々に与えることであると考えていました。ここで重要なのは「必要最低限度」ということです。彼は、それ以上生活水準を向上させても人間は豊かになれないと考えていたのです。
アダム・スミスからすれば、必要最低限度以上の生活とは「見栄っ張りの」生活です。いくら見た目の生活が良くなっても、人よりよく見られたいという競争心や、自分よりいい生活を送っている人々に対するうらやみはなくなりません。私たち先進国の人々はムダなエネルギーを使って生活水準を上げ、わざわざ精神的に苦しんでいるということになるでしょう。
スミスの考えた真の豊かさとは、良いことがあっても浮かれることなく、悪いことがあっても失望することのない心の穏やかさを確立することでした。
新しい日本について考える上で、参考になればよいのですが。
(ゼミ担当教員 山根 卓二)
次回は【身体文化論ゼミ】です。
2011年08月29日(月) | 経済・経営コース


